パイロットフィッシュ 大崎善生 読書録
こんばんは。
今回は大崎善生さんの「パイロットフィッシュ」について書きたいと思います。
大崎善生さんといえば11月19日公開の「聖の青春」の原作者です。
大崎さんは学生時代に将棋会館に出入りしていたのがきっかけで、将棋雑誌の編集に携わることになったそうです。そして、ノンフィクション作家の友人から聖の青春のネタを引き継ぎ、今秋映画化される「聖の青春」を執筆。その後、専業作家となり、今回ご紹介する「パイロットフィッシュ」から小説を執筆するようになったそうです。
大崎さんの経歴調べると、なかなか変わった経歴の方で面白そうな人ですね。
今回はそんな大崎さんの「パイロットフィッシュ」の読書録です。
まずはあらすじから
本の背表紙の紹介文です。
人は、一度巡り合った人と二度と別れることはできない
19年ぶりにかかってきた、かつての恋人からの1本の電話。
彼女との日々が記憶の湖の底から浮かび上がる。
世話になったバーのマスター、かつての上司だった編集長や同僚らの印象的な姿、言葉を交錯させながら、
出会いと別れのせつなさと、人間が生み出す感情の永遠を、透明感あふれる文体で繊細に綴った、
至高のロングセラー青春小説。
学生時代に1回読んで、今回2度目の読了。
ジャンルとしては恋愛小説、青春小説ですが、繊細な文章がより登場人物のより深い感情まで入っていく透明感のある純文学のような印象です。
余談ですが、感情を説明するときの文章ってなにかをメタファーとして捉えたりとか、登場人物の行動から論理的に説明しようとしたりとか...感情事態に形がないだけに、表現するのにたくさん手段があると思います。
大崎さんの文章は、感情に寄り添いつつ、軽やかな文章が続くのでとても読みやすいです。そして、透明感があります。
大崎さん自身、「村上春樹」さんから影響を受けたようで、たしかにこのパイロットフィッシュも、村上さんの「風の歌を聴けから」始まる僕とネズミのシリーズの文章に似ている気がしなくもありません。
あらすじの話に戻りますと、
主人公の山崎隆二は41歳の文人出版の編集者。文人出版はお堅いお名前ですが、実はエロ本を作っている出版社です。山崎が不遇の学生時代に3年間付き合っていたかつての恋人、川上由希子から19年ぶりの連絡が来ます。
物語は学生時代の記憶の話と、現実世界のお話が同時進行で続いていきます。
「パイロットフィッシュ」とは
水槽を立ち上げる時、水槽内の水質を正しい方向に導く熱帯魚のことをパイロットフィッシュというそうです。
水質を正しく導くとは、ろ過バクテリアを素早く繁殖させ、生体の住みやすい水質に変えることらしいのですが、簡単に説明すると、魚にとって初めての水質というのは、生体系として不安定であり、はじめて水槽を作るときは、生態系を作るための熱帯魚を入れて、そのあとに飼育目的の熱帯魚をいれるということらしいのです。
はじめにいれた生体系を安定させるための魚「パイロットフィッシュ」は生体系をつくったらそのあとは捨てられることもあるそうです。
そんなパイロットフィッシュに象徴されるような関係が山崎の周辺人物の間に垣間見えます。
記憶の物語
この作品では「記憶」というのが一つのキーワードになっています。
物語の冒頭に記憶についてのこんな描写があります。
人は、一度巡り合った人と二度と別れることができない。なぜなら人間には記憶という能力があり、
そして否応にも記憶とともに現在を生きているからである。
物語は学生時代の記憶の話と現在の話の2本仕立てで進んでいきますが、学生時代の記憶が現在に影響を与えているシーンがいくつか出てきます。
19年ぶりに再会した、山崎と由希子の会話にこんなシーンがあります。
「由希子」
「うん?」
「スパゲティを食べるとき、僕は今でもスプーンの上でクルクルして音をたてないようにしているし、煙草が切れても絶対に灰皿のシケモクは拾 わない。なぜかわかる?」
「うーん」
「それはね、君が嫌がるからだよ」
「私が嫌がる?」
「そう。そうやってね別れて19年たって一度も声さえ聞いたことがなかったのに、僕は今でも確実に影響を受け続けているんだ。
それもものすごく具体的なことで今でも君は僕の行動を制約している。だから今でも人前ではチューイングガムは噛まない」
由希子には家庭があり、山崎にも年下の彼女がいる現実の生活があり、山崎が昔の彼女に未練たらたらというわけではありません。
この本では、記憶のありか見たいな例えとして、湖がよく描写されます。記憶の湖では自分でも覚えもいなかった無数の過去が沈殿していて、突然その記憶が浮かび上がってくる。
そんなわけで、山崎は自分自身のことを記憶の集合体といいます。
人間て案外、忘れない動物で、結構どうでもよいことを視覚的に聴覚的に覚えていたり、ふいにフラッシュバックしたりで、それがうれしい時もあれば、うっとうしい時もあるのかなと思います。
特に、深い感情に結び付いた記憶は、忘れたつもりでも心のフックみたいなものに引っかかっていて、何かの拍子に出てきたりするのかなと思います。
そのために、無自覚のうちに自分の行動がなにかに制約されているのではないかと不安になることもあります。
この本の登場人物に、「森本」という山崎の古い友人の酒飲みがいるですが、森本はそんな記憶の湖にダイブしていって、自分を見失っています。
この本に描かれている記憶というのは、優しいものではなく、記憶の影響によって生じる現実の不具合なんかも描き出しています。もちろん記憶によって人は回想できたり、自分を顧みたりでき、より豊かに厚みのある感情が芽生え、記憶と現実の相互作用により良い効果ももちろんあります。
この記憶の正と負の二価性はなかなか面白いなと個人的に思いました。
実はパイロットフィッシュから始まる山崎隆二の物語は続編があります。
「アジアンタムブルー」
「エンプティースター」
この二作も、山崎隆二の現実を引き継いで、前作の現実が次作で記憶として語られたりするのですが、
相変わらず面白く読みやすいのでぜひおすすめです。
11/19公開の「聖の青春」もたのしみですね。
お読みいただきありがとうございました。
ではでは
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