徒然なる生活

読書感想や日常で感じたことの備忘録です。

石田玲子のコトバ ノルウェイの森(村上春樹 講談社文庫)

こんばんは。



今回はノルウェイの森をご紹介します。

1987年に講談社から刊行された書き下ろし作品です。

作者は村上春樹氏。

発行部数は1000万部を超え、日本だけではなく海外でも読まれている物語です。





あらすじ

物語は主人公「僕」が乗っている飛行機が、ハンブルク空港に着陸するシーンから始まります。
飛行機が到着すると、機内にBGMが流れます。曲はビートルズの「ノルウェイの森」です。
ビートルズのメロディーは僕を混乱させます。
乗務員が気分の悪そうな主人公を心配して話しかけると、
「大丈夫です、ありがとう。ちょっと哀しくなっただけだから」と僕は応えます。
その時、僕の頭の中は自分がこれまで失ってきた多くのもののことでいっぱいでした。
失われた時間、死にあるいは去っていった人々、もう戻ることのない想い。
そして、物語は18年前の1969年の秋に巻き戻ります。
もうすぐ20歳になろうとする僕の回想の始まりです。





私が初めてこの作品に触れたのは大学2年の冬だと記憶しています。

20歳になろうとする僕は、大学生活に慢性的な不満を抱えています。
大学闘争をする学生や退屈な講義、学生寮の生活は僕にとって有意義とはいえませんでした。
「大学」や「学生」になじめずに生活をしている中で、僕は個性あふれる様々な人に出会います。
同じ寮に住む先輩の永沢さんは、他人に屈することなく強く生きている人です。彼は人に屈するぐらいなら、ナメクジを3匹飲むことも厭わない、そんな人です。
僕は小さなレストランで緑と出会います。
彼女の男勝りな行動の陰には、繊細な心があります。僕は徐々に緑に魅かれていきます。

今回はその個性的な人たちの中から、一人取り上げてご紹介したいと思います。

レイコさんです。

フルネームは石田玲子。
レイコさんと僕が出逢った場所は京都にある精神病患者の施設です。
僕には直子という恋人がいます。
直子の精神は不安定なため、大学を休学し施設で養生することになりました。
僕が直子に会い京都に赴くと、そこで音楽の先生をしているレイコと出会います。レイコは直子のルームメイトでもあり、施設のスタッフでもあり、患者でもあります。
レイコ自身、精神を病んだ経験があり、施設に入って7年経ちます。
いまでは病状は安定していますが、いつ暴発するかもしれぬ爆弾を抱えて彼女は生きています。

レイコさんと僕がはじめて出逢ったシーンがこちらです。
語り手は僕です。
上巻p193

とても不思議な感じのする女性だった。顔にはずいぶんたくさんしわがあって、それが目につくのだけれども、しかしそのせいで
 老けて見えるというわけではなく、かえって逆に年齢を超越した若々しさのようなものがしわによって強調されていた。そのしわはまるで
 生まれたときからそこにあったんだといわんばかりに彼女の顔によく馴染んでいた。彼女が笑うとしわも一緒に笑い、彼女がむずかしい顔をするとしわも一緒に難しい顔をした。
 笑いもむずかしい顔もしないときはしわはどことなく皮肉っぽくそして暖かく顔いっぱいにちらばっていた。年齢は30代後半で、感じの良いというだけでなく、何かしら
 心魅かれるところのある女性だった。僕は一目で彼女に好感を持った。

レイコさんの魅力が詰まっていると感じます。
れいこさんの生命力というか、活力みたいなものが「しわ」にまで宿っているんだなと。
現実世界にいたら、とても存在感のある、密度が濃い人なのかなと私は想像しました。





1.石田玲子の人柄
レイコさんの人柄がよく出ているシーンがあります。
僕が京都の施設を訪れた夜、直子が急に泣き出します。
直子が落ち着くまで、レイコさんと僕が外で散歩をしながら話しているシーンです。
上巻p236

「僕はさっきなにか間違ったことを言ったりしませんでしたか?」
「何も。大丈夫よ、何も間違っていないから心配しなくてもいいわよ。なんでも正直にいいなさい。
 それがいちばん良いことなのよ。もしそれがお互いをいくらか傷つけることになったとしても、あるいはさっきみたいに誰かの感情をたかぶらせることになったとしても
 長い目でみればそれがいちばんいいやり方なの。

どうすればわからない時に、手段を与えてくれる人は頼もしいですね。
レイコさんのつらい過去を知ると、よりこのセリフに奥深さが加わり説得力があります。

またこんなシーンもあります。
施設内にある鳥小屋を3人で掃除をしているシーンです。
下巻p277

「朝って私いちばん好きよ」と直子は言った。
「何もかも最初からまた新しく始まるみたいでね。だからお昼の時間が   来ると哀しいの。夕方がいちばん嫌。毎日毎日そんな風に思って暮ら  しているの」
「そうしてそう思っているうちにあなたたちも私みたいに年をとるのよ。朝が来て夜が来てなんて思っているうちにね」と楽しそうにレイコさんは言った。」
「すぐよ、そんなの」
「レイコさんは楽しんで年とっているように見えるけれど」と直子が言った。
「年をとるのが楽しいとは思わないけど、今更もう一度若くなりたいとは思わないわね」とレイコさんは言った。
「どうしてですか?」
「面倒臭いからよ。きまってんじゃない」とレイコさんは答えた。

この三人の会話って好きなんです。
みんな正直に話していてそこに陰りがない透き通った会話のリズムが心地よく感じます。
レイコさんは特にあっけらかんとしていて、若かりし時代に戻ることを面倒くさいと一蹴しています。
聞いていて気持ちいいぐらい豪快ですね。

みなさんはレイコさんのコトバから彼女がどんな人柄だと想像するでしょうか?





2.石田玲子にとっての「恋」とは
物語の後半で、僕は緑という女性と恋に落ちます。
しかし、僕は直子のことが気にかかり、緑と正面から向き合えずにいます。
僕はレイコさんに困惑した気持ちを手紙にして送ります。
僕が手紙を出して五日後、レイコさんから返事が来ます。
その内容の一部をご紹介します。
下巻p244-245

私の忠告はとても簡単です。まず第一にみどりさんという人にあなたが強く魅かれるのなら、あなたが彼女と恋に落ちるのは当然のことです。
 それはうまくいくかもしれないし、うまくいかないかもしれない。しかし恋というのはもともとそういうものです。恋に落ちたらそれに身をまかせるのが自然というものでしょう。
 私はそう思います。それも誠実さのひとつのかたちです。

 中略

 私の個人的感情を言えば、緑さんというのはなかなか素敵な女の子のようですね。あなたが彼女に心を魅かれるというのは手紙を読んでいてもよくわかります。
 そして直子に同時に心を魅かれるというのもよくわかります。そんなことは罪でもなんでもありません。このだだっ広い世界にはよくあることです。天気の良い日に美しい湖にボートを
 浮かべて、空もきれいだし湖も美しいと言うのと同じです

私はこの手紙を読んで、女性ってこんな風に考えるのかなと思いました。
男性は論理的で問題を細分化して問題を解決する傾向にあります。
しかしロジックでは解決できない問題もあって、人間関係とか恋愛なんかはその一つだと思います。
浮気とか、交際相手がいるのにほかの人を好きになってしまうとかそんな事象に関して、論理的に考えてしまうと、
どうしても行き詰まってしまう瞬間があり、いつまでも前に進めないでいるのが男性的なのかなと私個人の経験から思います。
レイコさんの言葉の中に、「恋というのはそういうものです」とありますが、もうそういうもんだと割り切って考えるのがよいのかもしれませんね。
まあその割り切りに時間がかかる人がほとんどだと思いますが。





3.石田玲子の人生観
先ほどのレイコさんの手紙には、彼女の人生観も反映しています。

下巻p246

そんな風に悩むのはやめなさい。放っておいても物事は流れるべき方向に流れるし、どれほどベストを尽くしても人は傷つくときは傷つくのです。人生とはそういうものです。
 偉そうなことを言うようですが、あなたもそういう人生のやり方をそろそろ学んでいい頃です。
 あなたはときどき人生を自分のやり方に引っ張りこもうとしすぎます。精神病院に入りたくなかったらもう少し心を開いて人生の流れに身を委ねなさい。
 私のような無力で不完全な女でもときには生きるってなんて素晴らしいんだろうと思うのよ。本当よ、これ!だからあなただってもっともっと幸せになりなさい。
 しあわせになる努力をしなさい。

自己啓発書とかで人生とはみたいなことが紹介されていると、人生とは登山であるとか、人生とはチョコレートの箱であるとか
わかったようになる文句をよく見かけますが、なんか結局は人生には大いなる力みたいなものが働いていて、それをどうしようもできないから流れに身をまかせんしゃいと
考えるのが良いのかなと私個人の見解では思います。
レイコさんの言葉も同じようなことを言っていますね。
特に私が印象的ななのは、「精神病院に入りたくなかったらもう少し心を開いて人生の流れに身を委ねなさい」という言葉。
私も自分のやり方に引き込もうとして、本意ではないけれども結果的に相手を論破していたり、周りの協力を仰ぎたいのにそれが下手だったりうまく世渡りしているとはいえない状況なのですが、
だからこそレイコさん言葉が身に沁みました。
レイコさん自身も精神科にお世話になっている現状を考えるととても深い言葉に感じます。



以上が、レイコさんの紹介です。
物語の登場人物の一人に焦点を当てるのは今回が初めてです。
ノルウェイの森に登場する人々はもちろん個性的なのですが、それとは別に物語の軸と全く関係なく個人が思うままに行動している感じがあって躍動感があります。
物語の一部としてではなく、登場人物の行動の結果が物語をつくっているようなそんな感じがします。
また、こんな風に魅力的な登場人物や物語があったら紹介しようと思うので読んでみてください。


最後までお読みいただきありがとうございました。

ノルウェイの森 文庫 全2巻 完結セット (講談社文庫)

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